代々木事務所 blog
一般社団法人 日本産業カウンセラー協会東京支部
代々木事務所ブログ

事例で学ぶ発達障害の法律トラブル

事例で学ぶ発達障害の法律トラブル④
「休職制度と合理的配慮」

2021.01.04 kouhou

日本産業カウンセラー協会東京支部では、会員や産業現場で働く人の心の支援に携わる方々に向け、学びと実務に役立つ情報をブログで発信しております。
このたび、支部報『いまここTokyo』で 掲載しておりました、弁護士・鳥飼康二先生の連載(全4回)を、第3回より本ブログでご紹介することと致しました。ぜひご一読ください。
第1回・2回は東京支部Webサイト会員ページ内のバックナンバーにて、ご覧いただけます

【事例】
Xさんは、理系の大学院を修了後、大手製薬会社に総合職として入社しました。入社当初から対人トラブルが絶えなかったため、対人交渉の少ない予算管理部門に異動となりました。その後、上司の勧めで精神科を受診したところ、ASDおよび統合失調症の疑いと診断されました。そのため、会社側は、Xさんに対して休職命令を発令しました。
Xさんは、入通院をしながら治療を受けていましたが、休職期間満了が近づいたので、試験的に出社することになりました。試験出社の間、Xさんの言動には、居眠りを注意されても居眠りをしたことを認めなかったり、自席で独り言を言ったり、同僚に挨拶をしなかったり、ネクタイを着用せず寝癖も直さなかったり、多くの問題が見られました。会社側は、Xさんに改善が見られず、総合職として配転可能な職務は存在しないこと、対人交渉を要しない業務を社内で見出すことはできないことから、復職は不可能と判断し、休職期間満了により自然退職として扱いました。

【解説】
(1)休職制度
労働者が怪我や病気で働けなくなった場合(いわゆる私傷病の場合)、就業規則などの定めに基づいて、会社側は休職命令を発することがあります。そして、就業規則では、休職期間に上限を設けて、休職期間が満了しても復職できない場合は解雇(自然退職扱い)とすることがあります。

(2)休職期間が満了した場合
ところが、休職期間の上限を超えたとしても、自動的に(法律的に)自然退職扱いが有効になるわけではありません。
休職期間を満了して自然退職扱いされた場合、一般的な解雇法理(このブログ内の記事「事例で学ぶ発達障害の法律トラブル③」参照)によってその有効・無効が判断されることになりますが、そこで判断基準となるのが「復職可能性」です。裁判例によると、従前と同じ職務を問題なく行える程度に回復していない場合であっても、相当期間の間に治癒することが見込まれ、その間に従事する適切な軽作業が存在する場合、復職可能(自然退職扱いは無効)とされています。
また、皆さんもご覧になったことあるかと思いますが、厚生労働省が「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を示しており、裁判実務においても参考にされます。

(3)復職可能性判断における合理的配慮
労働者が発達障害であった場合、復職可能性を判断する際に、合理的配慮はどのように考慮されるのでしょうか?
事例の参考とした裁判例(東京地裁平成27年7月29日)は、「雇用安定義務や合理的配慮の提供義務も、当事者を規律する労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴う義務を使用者に課するものではない。したがって、雇用安定義務や合理的配慮の提供義務は、使用者に対し、障害のある労働者のあるがままの状態を、それがどのような状態であろうとも、労務の提供として常に受け入れることまでを要求するものとはいえない」と述べた上で、上司とのコミュニケーションが成立しないことや職場で不穏な行動を起こしていることから現部署において就労可能とは認め難いと判断し、総合職の範囲で配置転換可能な部署は存在しないと判断し、結論として、復職可能性を否定しました(自然退職扱いを有効と判断しました)。
ひょっとしたら、読者の皆さんは、前回記事で紹介した裁判例では解雇が無効と判断されたことと比較すると、今回の裁判例はずいぶんと発達障害の人に厳しいと感じたかもしれません。実は、発達障害の合理的配慮に関する裁判例は未だ少ないので、どのような判断が出るか予想しにくい、というのが現状なのです。

(4)産業カウンセラーの役目
事例のような事態が生じた場合、産業カウンセラーとして、①上司や部門長に対して、発達障害の特性を丁寧に説明する、ジョブコーチなど支援制度を紹介する、②本人に対して、出来る仕事を一緒に考える、社会性のトレーニングをする、といった関わりが考えられます。
事例のXさんも、理系の大学院を修了しているくらいですから、大手製薬会社の中で活躍できる場がきっと存在するのではないでしょうか。
また、コロナ禍によって、特に大手企業では在宅ワークが一般化しつつありますので、今後、復職可能性の判断において、在宅ワークによる勤務の可能性も考慮されると思われます。つまり、出社を前提とした配置転換先は見つからなくても、在宅ワークであれば勤務可能で一定の業務成果が見込めるならば、自然退職扱いは無効ではないか、という議論が必要になる可能性が高いということです。

<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二

 

 

 

 

<著書紹介>
『事例で学ぶ発達障害の法律トラブルQ&A』(ぶどう社)
職場や日常生活のトラブルについて、事例を用いて分かりやすく解説しています!